量子・HPC融合システム研究サテライト拠点形成プロジェクト

量子コンピュータ技術の現在地
組合せ最適化問題から広がる社会実装への道

量子・HPC融合システム研究サテライト拠点形成プロジェクト
田中 宗 (理工学部 物理情報工学科 教授)
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2030年代には実用化が本格化すると言われ、各国の政府・企業・研究者がしのぎを削っている量子コンピュータの技術開発。量子アニーリング研究の第一人者であり、その縦横無尽の活躍ぶりから「量子アニーリング界の韋駄天(いだてん)」とも称される田中 宗教授に、田中研究室が果たしている役割と今後の展望について伺いました。

量子コンピューティングの今

Q そもそも、量子コンピュータとは何でしょうか?

田中:ひとことで言うと、「量子力学的な効果を用いて情報処理をするコンピュータ」です。理解するためのキーワードは二つあります。一つは並列性。通常のコンピュータは「0または1」を扱いますが、量子コンピュータは「0かつ1」という重ね合わせ状態が扱えます。もう一つは干渉性。波と波がぶつかり合って大きな波が生まれるイメージで、量子コンピュータでは正解に向けて「波の高まり」を作ります。いかにして「波の高まり」を効率よく作っていくか、それが、量子アルゴリズムと呼ばれるものです。


Q 田中先生の専門分野「量子アニーリング」について教えてください

田中:「量子アニーリング」とは、「組合せ最適化問題」を効率的に解くことが期待されている、量子アルゴリズムです。現実の問題から、何を最大化・最小化したいかを見つけ出し、組合せ最適化問題として定式化する。それを量子アニーリングマシン上で実行することで、必ずしも「最適解」ではないが「より良い解」を得ることが期待されます。

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高効率組合せ最適化処理が期待される量子アニーリング・イジングマシン

Q 量子コンピュータの研究において、田中研究室の特徴を教えてください

田中:量子コンピュータの研究開発は、大きく三つに分類することができます。ハードウェア、ハードウェアのポテンシャルを引き出すソフトウェア、そして課題解決のためのアプリケーションです。私たちの研究室の特徴は、この3つのレイヤーの全てに取り組んでいること。これは、比較的ユニークだと見られます。
この「全部やる」スタイルは、私自身の経歴に由来します。元々は理論物理の研究室に所属していましたが、スーパーコンピュータでシミュレーションを行う計算物理も経験しましたし、化学の実験系研究室や情報工学系の研究室に所属した経験もあります。さまざまな分野の先生から研究の進め方や研究室の運営方法について、直接教わったり、その背中から学ばせていただいたりしました。そのような経験の集大成として今の田中研究室があります。

サスティナブル量子AI研究拠点(SQAI)で
進む産学連携

Q K2にサテライト拠点のあるサスティナブル量子AI研究拠点(SQAI)について教えてください

田中:SQAIは、量子コンピュータ・ハイパフォーマンスコンピュータ・シミュレーション技術を融合させて新しい計算環境を実現することを目的としています。東京大学を中心に、現時点で、国外大学を含む6つの大学や公的研究所と、地方自治体である川崎市、また、さまざまな分野の約50の企業などが参画し、大学と企業、あるいは企業と企業で連携して研究を進めています。慶應義塾大学もこの一員であり、私が慶應義塾大学の研究開発責任者を務めています。量子アニーリング分野において、私たちの研究室は多くの共同研究に取り組んでいるので、このプロジェクトにも大きく貢献できると思います。

SQAIのサテライト拠点をK2に置いたことにも大きな意義があります。K2がある川崎市は地方自治体として量子技術に熱心に取り組んでいますし、市内にはさまざまな規模の企業があります。セミナーなどを通じて中小企業の皆さんとお話しできたことは、とても勉強になりました。

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Q 量子コンピュータの産学共同研究は、どのような形で進んでいますか。また、今後連携を進めたい分野などがありますか

田中:現在、中小企業の皆さんは量子コンピュータに対して「どのタイミングで、どのように関わるべきか」を慎重に判断されている印象です。経営の観点から考えれば「いつから、どう使い始めるか」が非常に重要でしょう。大学やSQAIは基本的にオープンですので、中小企業の皆さんにはまずは情報収集の場として、私たちのSQAIを活用していただければと思います。そして例えば、AI導入やDX導入に対していろいろと苦労されてきた場合は、「5年前にどういう準備をしておくべきだったか」を思い出してみてください。新しい情報技術に対し、事業のデータ化、人材育成など、やるべき基礎として共通している部分は意外と多いものです。


Q 中小企業でも、量子コンピュータは導入できますか?

田中:田中研究室では量子アニーリングを応用して、半導体製造工程、物資配送、広告配信の最適化など社会的サービスの分野から、省エネ材料の発見や、分子吸着安定構造の探索、遺伝子ノックアウト最適化など材料科学や触媒化学、バイオロジーの分野など、多様なテーマに取り組んでいます。

現段階において、研究室の役割は「社会実装可能性の可視化」だと考えています。例えば、「量子コンピューティングによる最適化が交通渋滞問題解決につながる可能性がある」と世の中に発信することで、製造業でも「自分たちの分野にも応用できるのでは」と新たな発想を刺激し、工場内の動線改善、回路の負荷改善などの新しいテーマが生まれます。
現実課題への技術活用には、企業の持つ専門知識が欠かせません。応用範囲は未知数なので、私としてはまだ出会っていない業種、分野にもアプローチできたらうれしいです。

量子社会の未来像とは

Q 量子コンピュータの発展は、どのような未来をもたらしますか

田中:内閣府が2022年に発表した「量子未来社会ビジョン」に、量子技術活用のイメージ図があります。工場、物流、材料科学、金融など多様な分野で応用が広がるという、まさしく今、私たちが進めている研究開発と重なる内容です。しかし私は、それ以上に予想外の分野へも広がっていくと考えています。

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内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局「量⼦未来社会ビジョン〜量⼦技術により⽬指すべき未来社会ビジョンとその実現に向けた戦略〜」

田中:30年前にインターネットが世に出たときも、多くの未来予想図が描かれました。しかし当時、携帯電話の普及は予見できても「みんながサブスクで音楽を聴くようになる」「そのイヤホンがワイヤレスになり、通訳もしてくれる」そんな時代が来るとは誰も想像できませんでした。 新しいテクノロジーというのはそういうものだと思います。量子コンピュータも、量子コンピュータを主の専門とする研究者だけでなく、各分野において高度な知見を有する専門家、ユーザにとって使用しやすいシステムを構築するエンジニア、サービス化するビジネスマン、コンサルタント、「もっとこうなればいいのに」と願うユーザーが気軽にアクセスしてこそ、社会に普及し、発展を遂げるでしょう。 量子コンピュータの「量子」は修飾語にすぎず、基本は皆さんが使いこなしているコンピュータと同じです。難しそうで自分には関係ないと思わず、多くの方に関わってほしいと願っています。

研究以外のエピソード

気分転換は「歩きながら考える」

「歩くこと」が好きです。理工学部のある矢上キャンパスからかなり遠くの場所まで歩きながら、よくさまざまなことを考えます。研究室を構えた2020年はコロナ禍だったので、一人でよく散歩をしていましたね。歩きながら「あの学生の研究、どうすればブレイクスルーするかな」など考えています。研究することや、学生の皆さんをはじめとした多くの人とつながることが、やっぱり好きなのかもしれません。

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プロフィール

田中 宗
Shu Tanaka, Professor

慶應義塾大学理工学部物理情報工学科教授 博士(理学) 東京工業大学理学部物理学科にて統計力学研究の第一人者である西森秀稔研究室で学び、東京大学大学院修士・博士課程修了。近畿大学量子コンピュータ研究センター、京都大学基礎物理学研究所、早稲田大学高等研究所などを経て、2025年より現職。慶應義塾大学サスティナブル量子AI研究センターセンター長、慶應義塾大学ヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センター(WPI-Bio2Q) 副拠点長、株式会社Quanmatic Executive Fellow。量子アニーリング研究の専門家として分野・業界を越えて活躍している。

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