未来光ネットワークオープン研究センター

世界初!圧倒的な伝送パワー
空孔コアファイバが切り拓く「光技術の新時代」

未来光ネットワークオープン研究センター
センター長 山中 直明(特任教授)

2023年、慶應義塾大学は新川崎(K2)タウンキャンパス内に、国内外の諸機関が光ネットワーク技術の研究開発ができるオープンラボ「未来光ネットワークオープン研究センター」を開所しました。産学連携の研究拠点として、最先端の光技術の研さんを後押しするのが、キャンパス内に世界で初めて実用的に導入した新機能光ファイバ「空孔コアファイバ(Hollw core fiber)」です。センター長であり、光ネットワーク技術研究の陣頭指揮を執る山中先生にお話を伺いました。

「1,000倍」の
エネルギー密度で光を伝送

Q まずは、今回導入した新機能光ファイバである「空孔コアファイバ」について、従来の光ファイバとの構造上の違いを教えてください。

山中:空孔コアファイバは構造に大きな特徴があります。従来の光ファイバの構造は、中心部のコアとその周囲を囲むクラッドもガラスでできていて、屈折率の差で光をガラスコアに閉じ込めて伝送します。一方、空孔コアファイバは、独自の空孔配列構造のクラッドを持ち、空孔コアに光を閉じ込め、光は空気中を伝搬します。光がガラスを通るか、空気を通るかが大きな違いです。

光ファイバの断面図(左:従来の光ファイバ、右:空孔コアファイバ)

Q 特性の一つである超低遅延性について詳しく教えてください。

山中:ご存じのとおり、光の速度は屈折率によって変化します。光がガラスを通る従来の光ファイバは屈折率が1.47。他方で、空気中を伝搬する空孔コアファイバの屈折率は約1。つまり、従来のガラスコア光ファイバと比較すると、30%以上の低遅延化を実現できるのです。これは信号伝搬速度の限界である光速と同程度、つまり最も速いスピードと言えます。

こうした超低遅延性は、例えば、俊敏な作業を必要とするロボットを用いた遠隔手術や株式トレードなど金融分野の高速取引サービスの実現において、極めて有用な特性だと言えるでしょう。

Q 超低遅延性による高速伝送の実現の他には、どのような特性がありますか。

山中:光ファイバ通信には、波長多重技術が使われています。しかし今以上に波長数を増やすと、従来のガラスコア光ファイバではエネルギー密度が高くなりすぎます。すると、ファイバの湾曲部分で「ファイバーヒューズ」という現象が起き、ファイバ内部が燃焼してしまうのです。しかし、空孔コアファイバは、燃えるものがない空気の中を光が通るため、従来の1,000倍のエネルギー密度でも損傷しません。超多波長によって通信チャネル数を10倍以上に増やすことにより、(超多波長による大量のデータやエネルギー伝送)を可能にするのです。

また、ガラスをコアにする従来の光ファイバは、ハイパワーを入力すると光の波形の歪みが発生します。いわゆる非線形性です。一方、空気中を光が通る空孔コアファイバは線形性が高く、アナログ信号も波形劣化なく送ることが可能です。例えば、アンテナの先だけを引き回すことも可能です。

このように、空孔コアファイバはこれまでの光ファイバの限界を打ち破ることが期待できる、全く新しい光ファイバだと言えます。

空孔コアファイバにコネクタをつけたことにより、さまざまなIoT機器との接続が可能に

5G通信の技術革新を加速する

Q こうした空孔コアファイバ技術は、どのように活用できるのでしょうか。具体的に考えられる例をいくつかお聞かせください。

山中:例えば、光ファイバを介して光をエネルギー源として伝送する「Power over Fiber (PWoF)」に活用できます。従来の光ファイバと比べて1,000倍のエネルギー密度で光を伝搬できる能力は、光ファイバを用いて信号と電力を供給するという、IoT応用などに大きく貢献するでしょう。

もう一つが「Radio on Fiber (RoF)」に活用することです。RoFは、無線信号を光ファイバで伝送する技術。無線信号は5G、6Gと周波数が高まるにつれ、電波の直進性が高まり、建物の壁などが妨害物となります。特に都市部の地下や屋内で影響が大きい。そこでRoFのアンテナを多数設置し、例えば十メートル単位で必要なゾーンに絞り選択した場所に必要な周波数の無線信号を効率的に電波を飛ばすことを検討します。これまでRoF導入で課題になっていたのが光ファイバの非線形性でした。高い線形性を持つ空孔コアファイバは、それに対しブレイクスルーできる可能性を秘めているのです。

Q 大きな可能性のある空孔コアファイバですが、課題と社会実装への可能性について教えてください。

山中:そうですね。先述のように、空孔コアファイバは、光技術の新しい時代を切り拓くでしょう。しかし課題は、製造技術が高度で現状では非常に高価だということです。ただし電話のようなインフラに使えるようなことだけが社会実装ではありません。データセンターや株式の高速取引所など、初めは非常に局所的なニーズに対しては、空孔コアファイバによる超低遅延光ネットワークの導入が実現すると考えています。

新しい光技術を世界へ
超低遅延光ネットワークを
実用化したオープンラボ

山中:本センターは、最先端の光のメトロ/アクセス技術を研究する拠点として2023年4月に総務省(総務省グリーン社会に資する先端光伝送技術の研究開発課題Ⅱ大容量・高多重光アクセス網伝送技術を推進)の支援のもと開所しました。国内外の諸機関が研究開発を行うことができるオープンラボとして、アプリケーションの拡大、普及、オープンイノベーションを生み出すための機能を持ちます。

そこに2023年11月、世界で初めて空孔コアファイバを使ったケーブルにより、センターのあるキャンパス内4つの棟をつなぎ、研究室の各コンピューターのCPUやメモリを束ねた巨大なリソースプールを構築。超低遅延の光ネットワークを利用した5Gの次世代を狙うテストベッドを実現しました。空孔コアファイバケーブルをマンホール内に入れて、実用に近い状態で試験しているのは世界初。革新的試みです。

キャンパス内をつなぐ空孔コアファイバケーブル網のイメージ

Q 具体的にどのような研究開発が行われ、世の中にどのような適用が考えられますか?

山中:低遅延性を利用して現実の世界で動くものすべてをサイバー空間上で処理します。例えば街全体を制御し、より便利により安全な社会システムをネットワークがサポートする時代がやってきます。この一つが、自動配送を可能とする超小型ビークルや自動運転車両といった時空間をコンピューター上で同期させたネットワークコントロール型の制御システムの開発です。デジタルツインにより、30秒、3分、5分後の未来を予想し、車を制御することで衝突や事故を回避します。同じルートを配送する宅配業者の車両や、過疎化が進む地方におけるタクシー車両などへの導入に期待できます。

新川崎キャンパス内でテスト走行中の自動運転車両は、時速約20キロほどで決められたルートを周る
画面上の赤くなっている場所が、昨日と違うところ。植木や駐車中の車なども常にモニタリングしている

Q 未来光ネットワークオープン研究センターをオープンラボとした意義を教えてください。

山中:はい、光通信の業界には現在、インテル、ソニー、NTTが中心となって提唱しているIOWN構想があります。その中核となる要素の一つが「オールフォトニクス・ネットワーク」です。これは、ネットワークから端末、すべてに光技術を導入しようとするもの。そのIOWNが描くのが、波長多重をエンドユーザーにまで広げる「1人に1波長」という将来像です。これは、何もIOWNだけではなく、光ネットワークを研究するすべての者が目指している考え方です。1人に1波長の光ネットワークを実現するためには、光ファイバなどデバイスレベルの物理的な技術のブレイクスルーが必要です。

そこで今回、古河電工と共同で、これまで定盤上でしか使用できなかった空孔コアファイバをケーブル化し、センターのあるキャンパス内に敷設し、実用レベルで超低遅延の光ネットワークを構築しました。さらに、私たちはこの光技術を独占することなく、国内外の研究者と連携することで、この技術をオープンに活用したさらなる創発的研究を推進していきます。

私は常日頃から、大学はサバンナの水飲み場「ウォータリング・ホール」であると考えています。それぞれの専門性やビジョンを持つ研究者たちが集い、知識や技術を発展させていく場こそ、私たち大学が担うべき機能です。本センターは、そのためのオープンラボ。大学発のスタートアップを目指して、ここでさまざまな企業、機関の皆さんと共同研究を行い、共に新しい光技術を世界へ発信していきましょう。

研究以外のエピソード

最後に、本研究以外に取り組んでいることをお聞きしました。

未来の科学者の「芽」を育む「子ども科学教室」を開催

テニスをやると、一定程度の人はテニスを好きになる。このように、人が何かを好きになるためには、まずはその活動を体験する機会が必要です。「科学離れ」「理科離れ」を嘆いていてもしょうがない。私は、科学教室を通して、子どもたちにはさまざまなことに「なぜ?」という感覚を持ち、それを探究する楽しさを知ってほしいと思っています。

毎年新川崎タウンキャンパスにて開催される『科学とあそぶ幸せな一日』にて

2009年から14年間、本取り組みを続けている山中先生は、2023年、電子情報通信学会全国大会の総会において教育功労賞を受賞されました。

プロフィール

山中 直明
Naoaki Yamanaka, Project Professor

1981年慶應義塾大学工学部卒業。83年同大学院修士課程修了後。工学博士。日本電信電話公社(現NTT)に入社以降、NTT未来ねっと研究所、NTTネットワークシステム研究所特別研究員として将来のBroadband ISDN、高速・広帯域交換方式の研究開発などに従事。2004年4月より現職。専門はクラウドネットワークやスマートネットワーク、IoTのトレードネットワーク、自動運転の制御ネットワーク技術など。


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